私は既に70歳をこえ、体力の減退を実感する歳になっています。
それなのに、将来の夢を語るだけの若さはまだ少しだけ残っています。

1.甲冑の制作

2. 原寸龍神像の制作

3.日本のあかりをデザインする

4.矢師との共同制作

5.茶室と茶道具

1. 甲冑の制作

私は既に70歳をこえ、体力の減退を実感する歳になっています。

それなのに、将来の夢を語るだけの若さはまだ少しだけ残っています。

あの世に行くのに不安はまったくありませんが、歳を追うごとに「死」について深く考えるようになりました。40代半ば、脳腫瘍を患い生死を彷徨ったこともあり、あれから30年を経た今になっても「死」と隣り合わせにいる感覚は、薄れことなくますます鋭敏になってきています。

だからいつ死んでも構わないという覚悟もできています。この歳にならないと理解できないことのひとつが、迎える「死」であり向かう「死」であります。輪廻転生を信じるかと言われれば当然のことと答えるでしょうし、「あの世」についても、見てきたような「実感」が体の中で通奏低音のごとく響いています。

昔の人、とくに戦いに明け暮れていた武者たちの死生観はどんなだったのだろうかという興味は以前からありましたが、この歳になってなおさら強くなってきました。

甲冑の研究は随分前からやっていました。甲冑は身を守るための道具でありながら、戦死したとき、敵に「恥」を見せないための死装束(しにしょうぞく)としての役割があったわけです。

生き残ることより死するための道具として甲冑を凝視してみると、武者たちの死の瞬間を甲冑はどう「感じたのか」、そして主人の死を甲冑はどう「捉えたのか」、甲冑を通して武将の「死のかたち」を作品化してみたいと思います。

人生の終局を迎える時期でなければできない仕事ではないかと思う次第であります。

福岡県西区にある飯盛神社は、縄文信仰の対象として祀られてきた飯盛山を背景に建てられているお社で、九州の流鏑馬神事発祥の社としても有名です。この神社は甲冑の修復技術を保持し、今でも50体を超える甲冑を保存しています。小笠原流・流鏑馬師範 松嶋盛人氏のお声がけにより飯盛神社宮司の牛尾秀司氏の紹介を賜り、甲冑の研究を開始しました。

これまでに、神社や博物館などで展示公開されている数多くの甲冑を見てきましたが、そのほとんどは実戦で使われたものではなかったのではないかと私には思えます。戦場に行った甲冑は何かが違います。主人の最期の姿を伝える甲冑の辞世の弁が聞こえてくるようです。

主人の最期であり甲冑の最後の姿を通して「死」を表現する、このことは、能と相通じるものがあるような気がします。複式無限能を鑑賞するような作品に仕上げたいと思っております。(令和4年3月記す)

2 . 原寸龍神像の制作

かつて武将たちが戦勝祈願のために甲冑や武具を奉納した神社を見て回る機会が多く、その度に龍蛇信仰の根深さを感じておりました。

16,500年前に出土した縄文土器が証明しているように、日本は世界で最も古い文化を醸成した国であることは世界的に知られています。ところが当の我が国は、1,300年前、シナ地域から半島経由で流入してきた大陸文化の亜流だと言って憚らないし、そのように学校でも教えています。

南方の海民が4万年から5万年前に初めて日本の地を踏んだあと、同じ南方海洋系の倭人と呼ばれる集団と先住民が合流したその頃から大蛇信仰が始まったのではないかという学説を裏付けるように、日本各地には生活に根付いた大蛇信仰がいまでも息づいています。紀元後にシナ地域から入ってきた龍信仰と日本の大蛇信仰が習合されて龍蛇信仰が生まれたことは学術的に解明されています。

龍蛇を祀る神社に奉納する龍神を制作し奉納したいと随分むかしから考えていました。どうせ作るなら原寸で作ってみたいのですが、龍は架空の生き物とされているので原寸がどれくらいの大きさなのかは誰にもわかりません。

私の想像では、最大の大きさは胴回り0.8Mから1M、全長25Mから30Mぐらいだと想定しています。大きな神社でもこのサイズは入りきれないでしょうから、約半分のサイズ、胴回り0.45M・全長12Mの龍を段ボールと和紙で100体制作し、日本各地の神社に奉納する私的プロジェクトを構想しました。4年がかりで準備が整い、ようやく実施する運びとなりました。

日本の原点である縄文に立ち戻り、日本を考え直す契機としたい、そして日本と日本人を取り戻すための狼煙を上げたいと密かに考えている次第です。(令和3年3月記す)

3. 日本のあかりをデザインする

もう一度古き良き日本へ。

日本を象徴する「あかり」を演出してみたいと思います。谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」は、あかりの作る闇の美しさを述べた名著ですが、闇を透かして取り出したあかりを「かがり」としてデザインしてみようと思います。

「かがり」とはあかりの器のことです。

現在4種類の「かがり」を製作中です。

4. 矢師との共同制作(弓・矢にまつわる道具類をデザインする。)

矢に対する防御機能が深く理解できるかもしれないという理由から私の工房を数百年の歴史のある矢師の工房内に移すことにしました。甲冑を作るためには、矢師や弓師のものの見方、考え方を知る必要があります。

矢師の作る矢にまつわる周辺の小物類を私なりにデザインするのも勉強かと思い、いくつかの矢立をデザインしてみました。また、飾り矢を引き立てるために甲冑の小札を使った後ろ盾も制作します。

5. 茶室と茶道具(分解組み立て可能な原寸「待庵」の制作)

千利休作と伝えられる日本最古の茶室建築物「待庵」は、茶席二畳、次の間と勝手の間を合わせても四畳半程度の小さな建物です。私はまだ現物の待庵に入ったことはありません。

図面や写真を見ながらこの建物の中にいる気分を想し、立ったり座ったりする動作をイメージするうちに、もしも天井が1m高かったらどんな空間になっていたのか、躙口が別の壁に取り付けられたら、或いは床の間に鏡が貼ってあったらどう感じるのだろうか。

この小さな建物を頭の中で再構築していくうちに、原寸の待庵を作って、自由に空間を改変してみたくなりました。

40年前に抱いた妄想を現実化させる私的プロジェクト。この話を茶人にお話ししたら、その茶空間でお手前を披露したいとのことでした。

分解可能なノックダウン式の量産型待庵を段ボールと和紙を使って制作しようという計画。設計は既にできています。(令和3年3月記す)

以上の作品は、令和4年度中に、順次発表する予定です。

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